楽しみながら、勝つ!勝利は、楽しい!

「平昌五輪から9ヶ月ぶり」「羽生結弦の新シーズンが開幕」といった中継の煽り文句や、「羽生結弦、土曜夜7時!」とだけ言い放つ語彙力超低下番宣などを聞きながら、僕は少し戸惑っていました。そうか、世間一般の感覚では「久々」ということなのか、と。仙台パレード、国民栄誉賞、アイスショー、写真集、切手として使える写真集、カレンダーとして使える写真集、プログラム解説本風写真集、クリアファイルとして使える写真集…怒涛のイベントの数々で休む間もなく駆け抜けてきたような気がしていましたが、「久々」なんでしたね。

確かに久々です。

「勝ち負け」を意識するのは。

その心地よい緊張感。平昌で感じた心臓を握りつぶされるような重圧からは少し和らぎ、ほどよく心は張り詰めています。「自分のため」だけでもなく、「楽しむ」だけでもなく、その大前提に勝ち負けがあるという気持ちで見守る試合。その機会を再び与えてくれた羽生氏に、改めて心からの感謝を伝えたい。また羽生結弦の真剣勝負を見られる。望外の喜びです。

今季の初戦となったオータムクラシック、その滑りは必ずしも勝利を最上位に置いたものではありませんでした。ルール上、こうすればもっとスコアは上がるという点がいくつもありながら、それよりも自身が演じたいもの、自身が大事にしたいものが優先されていました。ショートプログラムで言えば、演技前半にすべてのジャンプが集められ、「1.1倍のボーナス」をもらわない構成です。クラシカルな魅力や、昨今の潮流と逆を行く新味はあるものの、得点としては当然低くなる構成です。

「それでいいのかな?」

生来の負けず嫌い、生粋の勝ちたがりがそうした戦いをいつまでもつづけられるはずもありません。「最速で強くなりたい」「勝たないと意味がないので」といったフレーズは、羽生氏の短いバカンスの終わりを告げる戦いの狼煙です。ただ、「勝利のみにあらず」もまた真。採点系種目でよく議題になる「難度か、出来栄えか」「Dスコアか、Eスコアか」という二択の唯一の答えは「どっちも」です。どちらかが上なのではなく、どっちもてっぺんにいった者だけが真の王者なのです。

その意味で羽生氏は「勝利」を優先せざるを得なかった苦境の平昌五輪からの揺り戻しで、少し「理想」に傾いていたのかもしれません。そして、それが今再びいいバランスとなって「理想か、勝利か」ではなく「理想も、勝利も」に戻ってきた。それは真・4回転時代の扉を開いたときと同じく、目指すべき新世界への挑戦をつづけ、かつその挑戦のなかでも勝利を重ねていった姿です。どちらも疎かにせず、できうる最高を求めていく姿です。「こういう選手が好き」と抱きしめたくなるような姿です。

↓あぁ!大地と空と精霊の闘気をすべて束ねて神をも討つ必殺の光弾を放つ前の堕天使みたいな羽生氏が降臨した!

誰だ、今年はバカンスモードだとカンチガイさせたのは!

旅先でノートパソコン開いて国際電話かけてるビジネスマンみたいなニセバカンスやん!

中国杯がキャンセルとなって急遽フィンランドで執り行なわれることとなったフィギュアスケートGPシリーズ第3戦。フィンランドは羽生氏にとって国際試合へのデビューをはたした思い出の地でもあり、2017年にフリープログラムでの世界最高得点を記録した歴史に残る地でもあります。要するにゲンがいい。縁がある。

女子シングルにも平昌金のザギトワがエントリーし、急遽開催とは思えないような華やかさと盛り上がりです。日本から駆け付けたファンはもちろん、世界中から世界のスターの競演を見守ろうと大観衆が集いました。ついでに日本から「痩せる大山式!」を代表とする広告も集まりました。「ANAとかP&Gとかで埋めてもらえんもんやろか」「フィンランドらしく白と青で統一して」「そういうスペシャル感が目を引くコツやぞ」という選り好みみたいな気持ちもわいてきますが、感謝とともにワガママはグッと飲み込みます。選り好みはいけません、選り好みは。

中継するテレビ局も普段とは一味違う対応。なんと、男子シングルの後半グループはライブでの中継となったのです。今まさに羽生氏が戦いに備え、その背後で小声の松岡修造さんがウロついているところも、ライブである。現場の空気やざわつきさえも伝わってくるかのよう。これが「久々の羽生結弦」という高揚感なのかと思います。テレビまでもそわそわしています。「松岡修造さんのいる場所が一番本気の中継」というテレビ朝日の心の小声が修造さんばりのボリュームで聞こえてきます。

直前の公式練習に臨む羽生氏は100点の仕上がりと自負するだけの好調さを見せます。軽やかに一息で長く滑るスケーティング、高さ・幅・伸び・空中姿勢すべて兼ね備えたジャンプ、バッチリ決まっている御髪。多少ジャンプで抜ける場面もあるものの、静かな笑顔も垣間見えます。余裕たっぷり、まったく不安のないウォームアップです。今日は素晴らしい「otonal/ジョニーによせて」が見られそうだという確信が満ちてきます。

そして滑り出した後半グループ。グループ1番手のブレジナは4回転サルコウからのコンビネーションを美しく決めるなど完璧に近い出来で、90点を超えてきます。どの大会でもトップ争いができるだけのスコアは、全体的に昨季までよりスコアは抑え目に出ていると思われる新ルールでの今季採点にあって、「旧ルール時代の自己ベストを上回る」という高得点。うむ、今日は何かいい流れを感じます。

↓肩は痛いけれど素晴らしい演技でショート2位発進!

GPファイナルが見えてきた!

28歳だけどまだまだ伸びる!

引退するような年じゃない!


中国のボーヤン・ジンは4回転ルッツからのコンボでお手付き&転倒と大きなミスとなり、GOEでもガッツリと-5をもらいます。無理にここでコンボにしなくてもという場面だったかもしれません。ただ、演技自体は悪くなく、曲調とも相まってヒーロー的なカッコよさがあふれています。髪型もバッチリ決まってます。髪型バッチリ勢が多い大会です。都会にきて垢抜けた先輩みたいな感じで、黄色い歓声も大きくあがります。85.97点で3位発進です。

つづくは日本の田中刑事さん。日本の国旗がスタンド一面に広がって後押しするなか、冒頭の4回転サルコウは転倒。決めていれば表彰台圏内での戦いとなったであろうくらいにほかの部分はよかっただけに、転倒一本で大きくヘコむ新ルール下の採点というものを如実に感じます。「コケても勝てるの?」という素朴な疑問に応える新ルール、すべてが素晴らしい演技のみに新ルールは微笑むということでしょうか。

そして登場した羽生氏。スタートのポーズも腕がスッと上がり、青手袋が目を引きます。滑り出しの軌道は早くもオータムクラシックでの初披露から変更が加えられています。4回転サルコウへはイーグルから入り、高さ・回転・着氷・伸びすべてが出色の出来栄え。速報の表示で出来栄えの加点が4点を超えてきます。新ルール下での史上最高の出来栄え評価といっていい見事なサルコウでした。

天を仰ぎ見るような動作が加わったり、プログラムの随所にアップデートが施されています。ツイズルから入るトリプルアクセルも、入りまでの流れを変えて勢いが増したよう。やや軸が傾きすぎてヒヤッとしますが、そこはさすがのアクセルキング、危ない素振りすら見せずに着氷します。編曲を少し変えて、強い打鍵がつづく部分を伸ばし、コンビネーションジャンプは演技後半に組み込みました。これで1.1倍ボーナス、1.37点の積み増しです。ただ、ここはセカンドジャンプが着氷で詰まってしまい加点は伸びず。

ジャンプをひとつ後半にもっていったことで、演技前半は要素で言うとジャンプ2つだけという構成になりましたが、静と動の変化というのはむしろ際だちました。前半は静かに、後半は激しく。そのギャップもいい。曲と演技のシンクロに誰よりもこだわる羽生氏だけに、短期間での構成&曲&振り付けの変更は作業もあわただしかったでしょうが、それもまた楽しい作業に違いありません。ゲームでも戦術とか装備組み合わせを練っているとき、すごく楽しいですからね。

そしてこの日は何と言ってもスピン。初披露ではふらつきやシット姿勢の乱れ、それによるレベルの取りこぼしが目立ったスピンがこの日は文句ナシの出来栄え。足の下に手を通すというジョニー・ウィアーさん由来のパンケーキスピンを含む足換えのコンビネーションスピンでは、出来栄えでの1.60点加点をとって合計5.10点を得ます。CCoSp4は旧ルール下では「出来栄え満点でも5.00点が上限」でしたので、新ルールによってその数値を超えてきた格好。ジョニーに捧ぐスピンが、羽生氏史上でも最高得点を記録したスピンとなった。ちゃんと調べてないですけど、これもスピンエレメンツとして世界最高記録でしょう。一番基礎点が高いスピンで、昨季まではどうやってもとれなかった点をとったのですから。ジョニーへの「捧げもの」としても胸を張ってお見せできる演技だったと思います。

↓まだ進化の途上ではあるけれど、それでも106.69点!


新ルールでの世界最高記録!

定位置の「世界最高」、まずはショートでゲット!

またひとつヘルシンキで歴史が誕生してしまったな!

「手応えアリ」といった表情での終幕。雪崩のようなプーさんのぬいぐるみ、そして花。噴き出した汗も心地よさげで、採点の発表に羽生氏も満足気な表情を見せます。出せる、伸びる、このルールでも、今のジャッジでも。まだまだ新ルールでどう裁くべきかという点ではバラつきも見られる状況ですが、出色の出来栄えにはちゃんと点がつく。その繰り返しで「+4とか+5ってこういうことだよな」という認識がファンにも選手にもジャッジにも広がっていくのでしょう。

今大会の優勝、そしてGPファイナルへと順調かつ大きな一歩を踏み出した羽生氏。演技後のインタビューでは「今日、実はプルシェンコさんの誕生日なので、そういう意味でもまた明日しっかり気を引き締めて頑張りたい」と、きもちよーく今日一番言いたかったことを言い切って羽生氏はショートを終えました。その笑顔は、とってもホッカホカでした。「あぁ、羽生氏は今とっても楽しんでいるな」と一周まわって安堵する感じでホッカホカでした…!

↓見事にプルシェンコさんの誕生日が広く世間に伝わりました!

「ワシはコレを言いたい」
「今日は絶対に言いたい」
「プルシェンコさんの誕生日、って言いたい」
「祝いたい」
「みんなに知ってほしい」
「何かの記念日に制定する勢いで広めたい」
「そのためにはふさわしい結果を出さねばならない」
「勝たねば…」
「誕生日プレゼントのために勝たねば…」
「気持ちがこもっていればイイ」
「そういう意見も確かにあるだろう…」
「安くても手で編んだものがイイ的な…」
「しかし、気持ちがこもっていても」
「勝たなかったら誕プレとして弱くない…?」
「目標は誕生日のお祝い!」
「手段は100点超えの演技!」
「それがワシなりのごほうびプレイ!」

これ僕らが羽生氏の誕生日にケーキ食べてインスタにあげてるのと同じヤツ!

めっちゃ楽しそうで、コチラもうれしいです!